前回のブログに子育ては引き算、何をするかより、何をしないかが大事かもと書きました。
愛情を届けようと思うと、どうしても何かをしたくなるのが人間。与えたくなる。
それももちろん愛。
でも人から何も奪わないこと、手を出さないこと、口を出さないこと、
それは決して放置することではなくて、
そばでちゃんと見ている、理解する、でも手をそっと放して、見守ること。
これが親としてはなかなか難しい課題でもあります。
なぜなら、子どもには苦労させたくない、傷ついてほしくない、
幸せになってほしいという気持ちがあるから。
愛って本来は、人を縛るものでも、独占するものでもなく、
人をどこまでも自由にするものだと思っています。
そして、人間は生きていたら条件なんて落ちていくもの。
長く一緒にいれば飽きてくるし、新しいものが素敵にも見えてくる。
歳をとれば、シワも増えてくるし、体形も崩れるし、
身体も若い時のように思うように動かなくなってくる。
変わらないものなどないわけですが、たとえ変わっていってしまっても、
その人を変わらず選び続けることが愛なんじゃないかと思いました。
わが子よりも優れている子はいっぱいいます。
でもやっぱり自分の子は世界で一番かわいいです。
金子みすゞさんの詩に”みんなちがって、みんないい”という言葉があります。
どの子もそれぞれに良いところがあって、みんなそれぞれにかわいい。
これから世界中の子どもたちがまっすぐに、
自分らしく育っていける世界になるといいなぁと思います。
子どもは天からの授かりものでなく、預かりもの。
と考えたら親の人生の延長線上ではなく、子どもの人生を握り締めずに、
ひとりの人間として尊重して、一緒にこれからを生きていける。
神様からの預かりものだからこそ、より丁寧に愛することできる。
『こんな人間になってほしい』という理想は、親の願いであって、
子どもの願いはまた別にある。
子どもには誰かの人生ではなく、自分の人生を精一杯生きていってほしいです。
自閉症スペクトラムのうみくんは、大人の顔色は一切伺いません笑笑
魂むき出しで全力で生きています(≧▽≦)
小学1年生の時にも、あまりに空気を読まずマイペースなので、
となりの席のお友達に
『少しは空気を読みましょっか』
と優しい助言をもらったにもかかわらず、
『空気は読むもんじゃねー。吸うもんだ!』
と言い放ち、そのあとのクラスの空気はお察しのとおり、
シーンとなったわけです笑
そのエピソードを聞いて、私は何度転生して生まれ変わっても、
口が裂けても絶対に言えないと思いました笑
それを小学1年生の息子に先越されてしまいました。
彼には幼いころからヒヤヒヤさせられっぱなしです。
私は器の小さな人間なので・・・トホホ。
でも、なかなかいい子に育ったなぁとうれしくも思いました。
きっとうみくんは、私が、私で生きていけるように魂を持って、
教えに来てくれたのかもしれません。














